譲渡額
非公表
売上高
非公表

製造業界の事例

電機部品メーカーにおける海外子会社の事業譲渡事例

エリア
関東
オーナー
60代
売却検討理由
事業の選択と集中
スキーム
事業譲渡

笠間 浩明

笠間会計事務所

 案件の概要と譲渡企業の背景 

ー ディールの概要を教えてください。

 売り手様は、日本の電機部品のメーカーです。ただ、製造はほぼすべて中国にある子会社が担っており、日本本社には約50名、中国の子会社には数百人の従業員が在籍しているような会社でした。本件は、その中国子会社を中国企業に売却するという形で実施されました。
 
当時は円高が進行していた時期で、製造すればするほど赤字が膨らむという厳しい状況にあり、会社全体の資金繰りは非常に逼迫していました。そうした中で、あらゆる選択肢を検討した結果、営業支援や設計などの機能は日本に残し、事業譲渡という形で中国企業に子会社を買収してもらい、そこから製品を仕入れる形を取る決断をされました。

工場移転の失敗と財務危機の深刻化

ー 売り手のオーナー様は、どのような不安や課題を抱えていらっしゃったのですか。

 当時の工場は、かなり昔に建てられたものでした。もともとは工業地区だったのですが、周辺に住宅が増え、市街地化が進んだことで、市の当局から立ち退きを求められる状況になっていました。そのため、新たに代替となる工場を建設する必要があり、設備等も一通り整えました。しかし、詳細については存じ上げておりませんが、最終的に工場の操業許可が下りなかったんです。移転は避けられないにもかかわらず、その時点で資金はほとんど使い切っていました。

さらに、中国では勤務地が変わる場合、従業員に経済補償金というものを支払う必要があり、その金額は約2億円にも上る見込みで、この負担も重くのしかかり、資金繰りは完全に行き詰まった状態でした。こうした状況の中で、起死回生の策として「中国の会社に買ってもらうしかない」との結論に至り、買い手を探すことになりました。

M&Aへの決断と予想外の困難

 買い手を探し始めたところ、幸いなことに比較的すぐに候補が見つかり、買収の話もまとまりかけていました。ところがその過程で、予想外の事態が発生しました。現地で暴動が起きてしまい、私はスケジュールの都合で現地に行けなかったのですが、現地に向かった一緒に組んでいるコンサルタントの方が駐在員と共に監禁されてしまったんです。町ではデモ行進も発生するなど、大変なことになってしまいました。しかし、最終的にはなんとか問題を収束させることができ、無事に事業譲渡代金も受け取って負債もすべて清算し、なんとか取引を成立させるところまでこぎつけることができました。本件は、これまで経験したなかでも、非常にハードな案件でした。

中国市場でのM&Aの課題と交渉の難しさ

ー 今回の案件で難しかった局面を教えてください。

 本件は、事業譲渡以外に選択肢がなく、この方法を取らなければ会社は潰れるしかない状況でした。課題は山積みで、中国国内におけるM&A関連の法整備がまだ不十分であることも、一つのハードルになっていました。会社ごと出資金で買い取ってもらうのであれば比較的簡単にできるのですが、今回は会社の問題でそれができず、事業譲渡という形を取ることになりました。しかし、中国には事業譲渡に関する法律がないため、非常に苦労しました。また、いわゆる進料加工貿易のような形で許可を得て行っている部分もあり、それを移行させるのも色々と大変な部分がありました。中国の国内法をクリアするのは色々と難しい部分があり、この点が最も苦労した部分です。さらに、暴動が起きてしまうように、共産主義の国だけに労働者保護が行き届いており、その点を乗り越えるのも非常に難しかったです。

ー 今回の案件で最も印象に残っているポイントを教えてください。

 やはり、暴動が起きたことです。あの時は、私も現地に一緒に行っても不思議はなかったのですが、たまたま予定が合わず行かなかったんです。出発前には、一緒に取り組んでいるコンサルタントの方と、「暴動なんて起きなきゃいいけどね」と冗談まじりに話して送り出したのを覚えています。ところが、そのコンサルタントの方が現地に到着して1日か2日して突然電話があり、「暴動が起きたらどうしようって言ってたじゃないですか。今起きました。今監禁されてます」と言われたんです。あの時は本当に驚きました。 

笠間税務会計事務所 笠間 浩明 氏

ー   買い手様は、どのように見つけられたのですか。

 社長が現地で最初の立ち上げから深く関わっていたこともあり、業界内に知り合いが多かったんです。そのネットワークを活かし、売り手様ご自身で買い手様を見つけてこられました。

案件成功の要因と買い手企業の誠実さ

ー   今回の案件が成功した要因はどこにあると思われますか。

 一番の成功要因は、買い手の企業が非常にいい方だったことに尽きると思います。工業都市で真面目に電子部品を製造している会社で、人柄からも誠実さが伝わってきました。中国というと、「騙される」「適当」といったネガティブな印象を持たれることもあると思います。確かにそうした側面もあるかもしれませんが、当然ですが国際的なM&Aには慣れていないんです。慣れていなかったからこそ、強硬な交渉を仕掛けてくることもなく、こちらの提案をほとんど受け入れてくれました。通常であれば、これほど経営状況が厳しい会社の事業譲渡の話に乗ってくることはないのですが、こちらのペースで交渉を進め、きちんとお金を払ってもらうことができました。もう一つは、売り手様が惜しまずに専門家費用を払ってくださったことも、良かったと思います。今回は私たちだけでなく、中国でも比較的大手の法律事務所の方にも入っていただいていました。日本関連の案件を担当している中国の弁護士の方は非常に優秀かつ日本語も堪能で、日本人と変わらないレベルでコミュニケーションが取れます。そういう方たちをきちんと雇って進められたことは、非常に良かったと思います。よく中国のビジネスを行う際に、中国ビジネスに詳しいとされる方たちにアドバイスを受けながら進めて思わぬ落とし穴に落ちるケースもありますが、やはり弁護士が入ったことで安心感は格段に違いました。

M&A後の展開と予想外の結末

ー M&A後のアフターストーリーをお聞かせください。

 事業譲渡を行ったことで、ひとまず会社としての存続を果たすことができました。その点については、結果的に良かったのかなと思っています。ただ正直なところ、事業譲渡自体は上手くいったものの、残念ながら売手と買手の取引関係は長くは続かなかったというのが実情です。日本企業と外国企業が上手く意思疎通して事業を共同してやっていくのは本当に難しいと感じました。このようなケースでは、中国企業側に問題があったとされる場合が多いですが、譲渡完了以降はあまり深く関わっていないため断定的なことは言えませんが、日本企業の側にも中国企業の事情や論理を理解しようとしない姿勢があったように思います。

海外M&Aの教訓と今後のアドバイス

ー 今後、同業種や海外の企業とのM&Aを検討している方に向けて、メッセージをお願いします。

 海外企業とのM&Aに関しては専門的に取り組んでいるわけではありませんが、実際に経験してみて感じたのは、「大変だな」というのが正直なところです。売却するといっても決して簡単ではありませんし、海外進出を行う際は、その後の展開も含めてしっかりと見通しを立てたうえで取り組まれた方が良いと思います。また、M&Aをご検討されている方には、「案件が複雑であればあるほど、専門家を入れるコストは惜しまない方がいい」ということをお伝えしたいです。