売り手様は、小規模なワインの醸造場を持つ会社様です。実は、ワイナリーを経営する会社の多くは、赤字なんです。この業界は、資金力のある企業が道楽として赤字覚悟で運営しているケースは少なくありません。
その中で、今回の売り手オーナー様は30代とお若く、ワイン作りに強い情熱をお持ちでした。利益を追求するというよりは、「自らワインをつくりたい」「ワイナリーを経営したい」「美味しいワインを提供したい」という思いでワインづくりに取り組まれていました。
しかし、経営のノウハウが不足していたため事業はうまくいっておらず、売却したいとのご相談を受けました。
最初は、資金力のある企業やすでにワイナリーを経営している会社に提案を行いました。しかし、売り手様が赤字だったこともあり、「他の事業を抱えるほど余裕はない」と何度も断られました。その中で、私も予想していなかったのですが、最終的に買い手候補となったのはタクシー会社様でした。買い手様とはご紹介を通じて出会ったのですが、私が探していても見つけることはできなかったと思います。正直、最初はなぜタクシー会社がワイナリーを買収するのか分かりませんでした。しかし、話を聞いて納得しました。オーナー様がお酒が好きだったことも理由の一つではあるのですが、タクシー業界は伸び悩んでいる状況で、タクシーをベースに新たなビジネスの展開を模索していたそうです。
例えば、ワイン畑を巡り試飲も楽しめるような、タクシーで行くワイナリーツアーの企画を考えていたそうです。そのため、手頃なワイナリーがあれば買いたいと考えていたそうです。
特に難しいことはなかったのですが、買い手様の探索において思いもよらない展開があったことが印象に残っています。当初は、自分の発想の枠内でワイン関連の会社や資金力のある会社にアプローチしていたのですが、随分空振りに終わりました。最終的に決まったのが全く想定していなかったタクシー会社で、M&Aの世界ではこういうことも起こるんだなと感じました。
買い手オーナー様が非常に理解のある方だったことです。売り手オーナー様は、会社の社長でありながら、本質的には職人気質の方でした。「自分はあくまでも職人なのに、経営まで担ってしまっている」という感覚をお持ちだったのだと思います。さらに、選んだのは、ワイナリーという儲からない分野です。それでも「この仕事が好きだから、一生続けていきたい」という強い思いをお持ちでした。「理解のある方のもとでできるのが、自分にとって一番の幸せだ」とお考えだったので、その願いが叶い理想的な環境を得られたことが大きな満足につながったのではないかと思います。
売却後も売り手オーナー様とは連絡を取り合っていますが、「この仕事を今後も続けていきたい」というようなお話をされていたので、よかったと思います。
売り手オーナー様は、現在も会社に残り、変わらず仕事を続けています。買い手様はワイナリーのノウハウを持っていないため、売り手のオーナー様は必要不可欠な存在となっています。比較的、売り手様からのご相談を受けることが多いため、売り手様にはM&A後も近況を伺いながら長くお付き合いするようにしています。
面談も行いましたし、それだけで相手を完全に判断することはできませんが、買い手様はタクシー業界で長い歴史を持ち、信頼を築いてきた会社だということはご理解いただけました。そのため、最初の段階で、特に難色を示されることはありませんでした。売り手のオーナー様は、本当にワイン作りが大好きな方なんです。そうした方にとっては、変に色がつかないので異業種の方がかえって良かったのかもしれません。
畑や醸造所の管理はこれまで通り売り手オーナー様が担当しており、仕事内容そのものは変わっていません。変わったのは資本の構造だけです。